一八八八 切り裂きジャック

一八八八 切り裂きジャック  服部まゆみ

故・服部まゆみさんの長編大作である。
これはイギリス史上でも有名な犯罪、娼婦連続殺人事件をモチーフにした小説である。
この殺人事件は犯人が捕まらなかったという永遠にお蔵入りになった事件でもある。だからこそ、多くの作家等が検証分析し、本に書き残している。

「Jack the Ripper(切り裂きジャック)」

こう紙面で名づけられ、ロンドンを恐怖に陥れた。

さて、前置きが長くなった。
この服部さんの作品では実在の人物が多く登場する。森鴎外や北里さん、女流作家のヴァージニアウルフ、など知っている歴史上の人物の名前がよく出てくることで、より楽しめる。主人公の柏木と鷹原の二人だけがフィクションなのだ。この日本人留学生柏木の視点から当時のドイツやイギリスの描写が細かく、しかも情緒溢れる文章で描かれている。もちろん事件の情報も多くの資料から調べられたのだろう。その膨大な資料の数は参考文献欄を見れば分かる。たぶん参考文献欄に載っている資料は氷山の一角で、本作に利用しなかったものも含めるとさらに増大な量の本を調べたことは、言われなくても分かる。確か完成までに6年間かかったと何かで読んだような気がするがそれも納得の超大作だ。
亡くなられた服部さんは芸術家でもある。その彼女の芸術は文章でも表現されており、彼女が描く文章は色鮮やかで当時の調度品すらも美しく描かれている。この中でもエレファントマン(重度の皮膚病を患った人)や、蝋細工の解剖作品等が登場しているが、実際に見たことがない私にも、目の前にあるかのように、または実際目にしても気づくことができないような美を、解説付きで理解できるようにしてくれる描写が本当に素晴らしかった。
私が衝撃を受けたことを言葉で表現したいけれど、どんなに言葉を連ねても自分の伝えたいことに100パーセントマッチする言葉を見つけられないもどかしさがある。

ドイツやイギリスの大国の凄さに圧倒され自信を失い、戸惑う主人公柏木の心情がそれは見事に表現されている。そして、柏木が羨望と反発を感じている鷹原の人物像もまた強烈だ。美神と称される鷹原の外見には少し違和感を感じたけれど、この物語には必要不可欠な裏の主人公だ。本の中でも言われる通り、この二人の関係を簡単に表すと、ホームズ鷹原とワトソン柏木だ。

100年以上前のロンドンにタイムスリップできる、読み応えばっちりの770ページを試してみませんか?

もう絶版なので新品購入は難しい本です。アマゾンでは文庫本のほうが高価格なので、単行本で買われると割安かもしれません。ただし、文庫本のほうに参考になるレビューがあるので、是非読んでみてください。