三月は深き紅の淵を

三月は深き紅の淵を  恩田陸

この本は4章仕立てで、それぞれが独立した物語を紡ぎだしている。しかし、共通点があり、「三月は深き紅の淵を」という幻の本を巡る話だ。
その「三月は深き紅の淵を」という幻の本は、それぞれの章で作者も違う設定になっているが、とにかく不思議な魅力を持つ本ということは共通して紹介されている。

1章 待っている人々
2章 出雲夜想曲
3章 虹と雲と鳥と
4章 回転木馬

この4章の中で私がもっとも好きなのは1章の待っている人々だ。
この章は斬新でいてテンポがよく面白い。
ある会社で、一年に一度若手社員の中から一人が選ばれ、会長の別宅に2泊3日の招待を受ける。
主人公は、それに今年選ばれた男、鮫島巧一。
彼の物語だ。

会長の家には、金持ちの仲間たちがすでに宿泊しており、「三月は深き紅の淵を」、という自家出版された幻の本についての話を尽きることなくしている。この家のどこかにあるその本を探すことが彼への宿題。
この幻の本は、私家版を200部配布したのちに回収を試みているため、実際には70部ほどしか世に出回っていないといわれている。この本が配布された時の条件は3つ。

一つ、作者を明かさないこと
一つ、コピーをとらないこと
一つ、友人に貸す場合、その本を読ませていいのはたった一
   人だけ。それも貸すときは一晩だけ。

この癖のある金持ち仲間たちがまた愉快なキャラクターで、飽きない。
個人的に、この本の価値は第一章「待っている人々」に集約されている。次に第二章。
特に第4章は、まるでエッセイを見ているようで、しかもどうも尻切れとんぼの感がする。この本の勢いについては、竜頭蛇尾という言葉が似合う。

私の知る限り、女性の作家に多いタイプで、感情やその時の勢いで書かれている本は、中盤や終盤にかけて最初の雰囲気や世界観からズレが生じていることが多い。この本も4章仕立てにしてあるから、統一されていないと文句を言うのはお門違いなのかもしれないけど、本を通して読むからにはリズムが必要だと思う。

話が脱線してしまったが、最後に。
この本の1章「待っている人々」はいい作品だ。
起承転結があり、惹きこまれる力があった。